復帰支援プログラムの成功事例 | さんぽJOB

復帰支援プログラムの成功事例

「治療と職業生活の両立等支援対策事業」(平成25年度厚生労働省委託事業)における企業を対象に実施したアンケート調査によれば、疾病を理由として1か月以上連続して休業している従業員がいる企業の割合は、精神疾患が38%、がんが21%、脳血管疾患が12%でした。職場においても疾病を抱えながら就業している労働者は年々増加していることから治療と仕事の両立への対応が必要となってくる場面は増えることが予想されます。今回、精神疾患が原因で長期休業した者の復職支援の成功事例についてご紹介させていただきます。

1.精神疾患による再休業について

精神疾患については、外傷と異なり見た目に分かりにくいため、「なまけている」「やる気がない」と思われがちです。また、精神疾患を患っている本人も自分自身を責め、「早くどうにかしなければならない」と焦っているケースが大いにあります。中には、療養が長引いてしまったがために傷病手当金といった社会保障制度も受給できなくなった状態に陥ることもあります。その結果、金銭的に余裕がなくなり、日々の生活もままならなくなってしまい、十分に体調が整っていないまま職場復帰をしてしまいます。とても残念なことに、精神疾患による休業者の復帰後再休業率は約50%とも言われています。


その他の原因として考えられるのは、職場環境の悪化、ストレスマネジメントの不足などがあげられます。再休業を防ぐためには、まず原因を理解し、適切な医療や療養、職場環境の改善、そして復職後のフォローアップ体制が重要になります。可能であれば、復職支援について専門知識を持つ産業保健スタッフの介入も検討しましょう。専門家の介入により、再休業を防止する可能性が高くなります。


参考: 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳|厚生労働省

2.再休業しないためには

精神疾患で再休業しないためには、復職前に十分な準備を整え、復職後も健康管理をしっかり行うことが重要です。
具体的には、下記の3点が整っていることが望ましいです。


1. 医学的に就業に耐える状態である

2. 本人に職場復帰の意思があり、準備が整っている

3. 職場側も職場復帰を支援する準備が整っている

うつ病を代表とした精神疾患は、波を持ちながら回復に向かい徐々に波もおさまっていきます。回復までの過程は身体疾患と同じような過程です。
①医学的に就業に耐える状態であるかどうかを十分に確認しなければなりません。精神疾患を発症した本人も「早く復帰しなければならない」と思っていることが多く、回復の兆しが見えると十分治りきっていないにも関わらず、「復帰します」と主治医に申し出てしまいます。主治医も、患者の勤務先の情報は十分に把握していないため、患者の申し出だけで「職場復帰可能」と診断書を作成してしまいます。

次に、②本人に職場復帰の意思があり、準備が整っていることが大切です。職場復帰を迎える時の「3つの壁」があります。まず「長欠感情の壁」です。人から声をかけられたら・・・、まず誰に挨拶しよう・・・、と考えてしまうため、瞬発力が必要です。続いて、「職場滞在の壁」です。時間をもてあます、まわりは多忙そう、役に立てていない・・・、と考えてしまうため、じっくり耐える継続力が必要です。そして最後に、「パフォーマンス回復の壁」です。「職場滞在の壁」を乗り越えた後、まだ本来の業務遂行能力が発揮できていないと感じてしまいます。骨折や怪我と同じで、いきなり100%の力を発揮することはまず不可能です。これらの壁を乗り越える必要があります。

そして最後に、③職場側も職場復帰を支援する準備が整っていることを確認しなければなりません。事業場の制度として、模擬出勤(職場復帰前に、通常の勤務時間と同様な時間帯において、短時間または通常の勤務時間で、デイケアなどで模擬的な軽作業やグループミーティングなどを行い、図書館などで時間を過ごす)、通勤訓練(職場復帰前に、自宅から職場の近くまで通常の出勤経路で移動を行い、そのまままた職場付近で一定時間を過ごし帰宅する)、試し出勤(職場復帰前に、職場復帰の判断などを目的として、本来の職場などに試験的に一定期間継続し出勤する)などがあります。正式な職場復帰の決定前に、こういった制度が設けられている場合があるので確認しましょう。実際に職場復帰をした後、いきなり8時間のフルタイムで就労するのはなかなか困難です。4時間勤務や6時間勤務といった軽減勤務からスタートをさせていくことも検討しましょう。

無事に職場復帰を果たした後も、しばらくは継続受診が必要です。精神科で処方される薬は、徐々に薬の服用量を調整していく場合があります。労働者本人も「早く薬を止めたい」と思っている方が多く、独断で急に減薬すると、離脱症状(めまい、頭痛、イライラなど)が現れることがあります。主治医と相談し、無理のないペースで減薬を進めることが望ましいです。
労働者にとって、長期で休んでいた負い目により、早退や休みを申し出にくいといった心情になります。管理監督職も、「復帰したから治ったのだろう」と思っている人が殆どです。「職場復帰」という大きな環境の変化は、精神面への影響はかなり大きく、継続受診は必須です。精神疾患は再発が非常に高いので、慎重な対応が必要です。

参考: 職場復帰、成功に向けて|厚生労働省

3.復職支援プログラムの成功事例

最後に私が関わったケースで、成功事例についてご紹介させていただきます。


A氏(45歳)、入社10年目、診断名:適応障害>

中途採用にて入社後、販売部門に配属されました。元来の真面目で仕事熱心な性格が評価され、入社後3年で正社員登用され、順調に係長まで昇進しました。ちょうど同時期に、実父が突然の病気で死亡、合わせて一人娘の高校受験も控えていました。次第に眠れない日々が続き、体調不良による遅刻も増え、自宅の駐車場で自損事故を起こしてしまいました。念のために受診した整形外科では大きな問題はなかったものの、整形外科医から心療内科への受診を勧められ、受診したところ「適応障害」と診断され、1カ月の療養を行うこととなりました。

自宅療養中から保健師の介入が始まりました。療養期間中に定期的に電話連絡をし、睡眠リズムを整えること、体調を整えることが大切だと繰り返し伝えました。抑うつ状態が改善された頃、会社から提供できる支援体制を紹介し、復職に向け主治医と相談するように伝えました。復職に際し、産業医からは半日からの勤務から始めること、定期的な保健師との面談を行うことを条件に復職となりました。

「早く元のように働きたい」「これ以上職場に迷惑をかけたくない」という思いで、産業医の指示に不平を示すこともありましたが、最終的には受け入れていました。復職後も2週間に1回の定期的な通院はありました。基本的に保健師面談は受診した翌日に行っていました。保健師の都合で面談日程を組んでも良かったのですが、「受診結果の報告」という名目があったほうが労働者も面談に応じやすいからです。
半日の勤務から復職し、主治医や産業医の意見をもとに、6時間勤務、8時間勤務に延長し、復職3か月後には時間外労働も行える状態に回復しました。それでも復職後半年は通院していました。通院終了後に保健師面談も終了しましたが、時々すれ違う際「無理してない?」と声をかけるようにしていました。

復職し1年たった頃にA氏に当時のことを尋ねたところ、病気を発症したとき「まさか自分が・・・」という思いが強く、なかなか病気や療養しなければならないことが受け入れられなかったと話していました。復職後も「こんなペースで仕事なんてできるか」と反発する気持ちでいっぱいでしたが、復職直後は思っていた以上に心身が弱っており、1日も体力と気力が持たないことに気がついたから、早々に受け入れることができたそうです。定期的な保健師面談も煩わしい気持ちはあったようですが、会社の誰かに受診結果を報告することは自身の安心感に繋がっていたそうです。振り返ってみれば、保健師の介入がなければ、自己判断で通院は中断していただろう、無茶な働き方をして再発していたかもしれないと話していました。



労働者に寄り添う姿勢で接したことで、復職支援に成功した事例です。人事労務担当者の力だけではなかなかここまで労働者に寄り添った支援を行うことは難しいでしょう。自社で直接雇用している保健師だからこそ成しえた事例だと思っています。労働者の離職防止、健康増進のためにも保健師の活用してみてはいかがでしょうか?


<執筆>
阿部 春香(保健師、産業カウンセラー、第一種衛生管理者)

日本産業衛生学会、日本産業保健師会に所属する。2024年に日本産業衛生学会の産業保健看護専門家制度登録者として登録する。
広島大学大学院(博士課程前期)を修了後、健診施設に勤務する。現在、中小企業の保健師として勤務し、健康経営の推進を行っている。
働く全ての人に産業保健を届けたいという思いから、産業保健職として産業保健の社会的認知を広げるための活動も行っている。