企業における労働環境改善と生産性向上の関係 | さんぽJOB

企業における労働環境改善と生産性向上の関係

予防的な対策の一つとしてメンタルヘルスのポジティブな側面に着目しこれを伸ばしていく「ポジティブメンタルヘルス」という言葉があります。メンタルヘルスという単語を聞くと、どうしてもネガティブなイメージを持ちがちですが、「ポジティブメンタルヘルス」とは労働環境改善と生産性向上には切り離せないものです。
今回、ポジティブメンタルヘルスの観点からワーク・エンゲイジメントとその活用についてご紹介をさせていただきます。

1.ポジティブメンタルヘルスとは

多くの人は、職場環境改善と聞くと、悪い面や改善しなければならない点に注目してしまいがちです。ポジティブメンタルヘルスとは、人や職場の強みやパフォーマンスを把握して伸ばすことで、メンタルヘス対策をポジティブな側面からその向上に着目して進めていく活動のことを言います。

もちろん、メンタルヘルス不調者の早期発見、職場復帰支援、再発防止などの対策も重要です。
リスクの高い人たちに対して個別的に対応しなければならないことをハイリスクアプローチと言います。ハイリスクアプローチに相対する方法としてポピュレーションアプローチというものがあります。これは、リスクの高い人たちだけに働きかけるのではなく、そのリスクに関する集団の分布全体をリスクの低い方に動かすことをいいます。ポピュレーションアプローチが、全体の健康を考える上で重要なのは、中位のリスクの人々が人数としては大多数であり、これら大多数の人々のリスクを下げることで、その集団全体が健康になることが予測されるためです。
全体像を把握するとき、職場のストレス要因を知り、改善を行うことも重要ですが、それと同様に、職場の強みやパフォーマンスを把握して伸ばしていくことも重要となってきます。ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチの両方をバランス良く取り組んでいくことが重要です。

参考: 行動変容につながる健康づくり編|厚生労働省

2.ワーク・エンゲイジメントとは

さて、ワーク・エンゲイジメントとは、ポジティブメンタルヘルスの代表的な指標の一つです。「熱意」「没頭」「活力」という3つの主要な要素からなっています。
「熱意」は仕事に誇りややりがいを感じている状態、「没頭」は仕事に熱心に取り組んでいる状態、「活力」は仕事から活力を得ていきいきとしている状態と定義されています。
これらの3つの感情と認知が持続した状態だと、ワーク・エンゲイジメントが高い状態と言われています。 ワーク・エンゲイジメントが高いことは、いきいきと働いていることであり、個人と組織に対して良いアウトカム(結果)につながると言われています。

個人の心理面においては、憂うつ、不安などのストレスが少ないこと、睡眠の質が良いことと関連し、その後のストレス状態の維持改善やうつ病の発症率の減少につながることが示唆されています。また、身体面においては、腰痛や頭痛などの身体不調が少ないこと、循環器疾患の予防に影響する可能性もあると示唆されています。このように心身共に良好な効果をもたらします。

仕事や組織に対しては、職務満足感が高く、組織への帰属意思が高いこと、離職率や離職する意思の低さとも関連しています。自己啓発学習への動機づけや創造性が高く、役割行動や役割以外の行動を積極的に行うことが明らかにされています。生産性にも良い影響をもたらしており、収益率の高さやミスの少なさとの関連が示唆されています。疾病休業率が低いこととも関連しているという報告もあります。

ちなみに、ワーク・エンゲイジメントと関連する概念(左図参照)というものがあります。ワーク・エンゲイジメントは、活動水準が高く仕事への態度・認知が肯定的であるのに対して、バーンアウトは、活動水準が低く仕事への態度・認知が否定的です。ワーカホリズムは、活動水準は高いものの仕事への態度が否定的であり、過度に一生懸命に強迫的に働く傾向にあります。

参考: ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化
島津 明人,東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野

3.ワーク・エンゲイジメントを向上させるには

ワーク・エンゲイジメントを向上させるには、個人の資源(自己効力感、自尊心などを強化すること)、職場内の組織の資源(=上司や同僚からの支援、仕事の裁量権、成長の機会など)を増やすことが有益とされています。定期的に、管理監督者研修、職場環境等の改善、セルフケア研修などを行うことが重要です。

個人の資源では、「ジョブ・クラフティング」及び「思いやり行動」に焦点をあててみます。ジョブ・クラフティング自体は、もともと人事領域の人材育成の研修手法のひとつであり、働く人が自ら仕事に対する認知や行動を変えることで、仕事そのものへの見方の変化や意義を見出すことを指します。働く人が仕事との向き合い方を変えていくことで、ワーク・エンゲイジメントが高まることが期待できます。また、「思いやり行動」は、職場で同僚を積極的に助けることで感謝や相手からのサポートなどのやりとりがうまれ、ストレス反応や仕事の負担感の低減、活気の上昇につながるというものです。思いやり行動を増やすことで、職場に「お互い様」という雰囲気や醸成され、相互の信頼関係の構築や風通しの良さ、働きやすさ、ワーク・エンゲイジメントの向上につながっていきます。

職場の資源では、「職場環境のポジティブアプローチ」があります。新職業性ストレス簡易調査票にもその多くが盛り込まれている仕事の資源を、事業場レベル、部署レベル、課題・作業レベルで調査・集計します。その結果をもとに参加型ワークショップを行い、職場の状況に応じてその職場の強みとしての部分をどう伸ばしていくかを討議し、計画・実行していくプログラムです。

参考: ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化
島津 明人,東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野

4.ポジティブメンタルヘルスと保健師の活躍

管理職、監督職の皆さまにおいては、上司からの圧力、部下からの不平に日々苛まれていることでしょう。職場環境改善を行っていくのは管理職・監督職で、保健師は支援を行う立場です。保健師は保健師養成課程の中で、全体像の把握を行う際、良好な面にも着目するようにトレーニングを受けています。賞賛、励ましといった支援は保健師の得意とするところです。職場のポジティブな面に着目して、分析を行い、アドバイスを行う役割にはうってつけな存在です。

企業で働く保健師(以下、産業保健師)は、コミュニケーション能力も高く、柔軟性にも優れていて、何よりも行動力があります。保健師は看護師免許も取得しており、活躍できる場が多くあり、職業選択の幅はかなり広いです。保健師自体、採用の枠はかなり限られているため、そう簡単に産業保健師になることはできません。自主的に研修に参加して自己研鑽に努めている者も多く、保健師という職にやりがいを持って働いており、ワーク・エンゲイジメントが高い状態の人が多いと考えられます。

企業における労働環境改善と生産性向上を目指すためにも、ワーク・エンゲイジメントが高い保健師を雇用してみてはいかがでしょうか。「熱意」「没頭」「活力」を兼ね備えた保健師を見つけるのは、人事労務担当者の力量にかかっています。

<執筆>
阿部 春香(保健師、産業カウンセラー、第一種衛生管理者)

日本産業衛生学会、日本産業保健師会に所属する。2024年に日本産業衛生学会の産業保健看護専門家制度登録者として登録する。
広島大学大学院(博士課程前期)を修了後、健診施設に勤務する。現在、中小企業の保健師として勤務し、健康経営の推進を行っている。
働く全ての人に産業保健を届けたいという思いから、産業保健職として産業保健の社会的認知を広げるための活動も行っている。