メンタルヘルス不調の早期発見と効果的な対応方法 | さんぽJOB

メンタルヘルス不調の早期発見と効果的な対応方法

すでに多くの事業所で取り組んでいることですが、2015年(平成27年)12月1日からストレスチェック制度が導入されました。労働者自身のストレスへの気づきを促すとともに、職場環境改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止することが主な目的です。
ストレスチェックが導入されて10年近く経過した今、上手に活用できている事業所はどれほどあるのでしょうか。メンタルヘルス不調の早期発見と効果的な対応方法に役立つように、ストレスチェックの重要性について改めてご説明させていただきます。

参考: ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等 |厚生労働省

1.ストレスチェック制度の実施状況

厚生労働省労働衛生課調べ(平成29年7月) によると、ストレスチェック制度を実施した事業場の割合は82.9%とありました。下記の表にもある通り、 事業場の規模が大きくなればなるほど、実施率が高くなる傾向があります。大企業においては、法的に制度が導入される前から、メンタルヘルス対策として独自の調査票などを用いてストレスチェックを行っていたところもあります。

表1 ストレスチェック制度の実施状況
事業場規模 50~99人 100~299人 300~999人 1000人以上
ストレスチェック制度を実施した事業場の割合 78.9% 86.0% 93.0% 99.5% 82.9%

さて、その一方で受検率はどうでしょうか。ストレスチェックを受けた労働者の割合は78.0%という報告でした。事業場の規模別に見ても受検率に大きな差があるようには見えません。思っていたよりも低いのか高いのか、人事労務担当者はどのように感じますか。保健師の立場として、私は5人に1人が受検していないという事実について、重く捉えなければならないと考えています。お示しさせていただいた表は平成29年のデータのため、古いものです。最近の傾向はどうなっているのか気になるところです。

表2 ストレスチェック制度の実施状況
事業場規模 50~99人 100~299人 300~999人 1000人以上
ストレスチェックを受けた労働者の割合 77.0% 78.3% 79.1% 77.1% 78.0%

受検しない方はどのようなことを考えているのでしょうか。
以前、私はストレスチェック代行機関に勤めていたことがあります。調査票に「こんなことやっても意味がない」「回答した内容がすべて上司や会社に知られてしまう」と記載していることがありました。もちろん調査票は白紙です。中には電話をかけてきて、「回答したくない」と言ってくる人もいました。
もちろん、このような反応をしてくる人たちはごく一部です。おそらく不満を感じている多くの人は、そもそも調査票を提出しないか、提出したとしても白紙、もしくはデタラメに記入して提出するかの方法をとるでしょう。そういった労働者が在籍している事業所は受検率も低かったです。中には、受検率50%を切っている事業所もありました。
ストレスチェックを実施さえすれば法的には何も問題ないのですが、せっかく時間とお金をかけているのに勿体ないことです。そして最も残念なのが、自分自身のことを振り返ることが厳しい状況に陥っている人、調査票を記入することさえもできない状態の人が埋もれてしまうことです。本来そういった人をスクリーニングすることが目的であるはずなのに、とても残念なことです。

参考: ストレスチェック制度の実施状況(概要)|厚生労働省

2.ストレスチェックにおける産業保健師の役割

メンタルヘルス対策として、保健師と契約している事業所もあります。会社の中の保健師(以下、産業保健師)は職場でどういった役割を担っているでしょうか。主に、①メンタルヘルス不調者の早期発見、フォローアップ、相談窓口②産業医との連携③人事労務管理スタッフ、管理監督者との連携④メンタルヘルス対策の企画・教育⑤ストレスチェック制度の実施者などを行っています。

⑤のストレスチェック制度の実施者に関して言うと、医師さえいれば何ら問題ありません。ストレスチェックを実施している多くの事業所では、産業医と契約しています。産業医は医師免許も有しているため、産業医に実施者になってほしいと依頼すれば良いのです。しかし、④メンタルヘルス対策の企画・教育について実施できる人は事業所内で限られています。健康教室の企画・運営は保健師の専門分野のため、問題なく行うことができます。

ストレスチェックを実施するに当たって、まず大切なことは準備段階です。どういった目的でストレスチェックを実施するのでしょうか。
改めて言うまでもなく、労働者のストレスの程度を把握すること、労働者自身のストレスへの気づきを促すこと、メンタルヘルス不調となることを未然防止すること(一次予防)が主な目的です。
産業保健師として、安全衛生委員会などを通じて発信していくことができます。回答結果のプライバシーは保たれており、労働者の同意なく結果が事業者に提供されることはありません。安心して安全に受検できることを周知しなければなりません。そして、自分自身のストレスに気づくことも目的としているため、ありのままに回答することも大切です。こういったことの情報発信について、産業医や人事労務担当者でもその役割を担うことは十分可能ですが、産業保健師ほどきめ細やかに発信していくことは困難かと思います。

また、ストレスチェック実施後、集団分析を行っている事業所もあります。今のところ集団分析については努力義務ですが、ないがしろにするのは勿体ないです。 集団分析した結果を用いて、職場環境改善につなげることができます。各職場でのストレスの状況を把握し、何をどう改善したら良いのか、どういったことを取り組むのかを考えます。具体的に職場環境改善に取り組むのは、各職場の担当者ですが、 職場環境改善会議を企画・運営し、アドバイザーの役割をこなすのが産業保健師です

参考: メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔Ⅱ種 ラインケアコース〕 著者 大阪商工会議所

3.メンタルヘルス対策としての投資

ストレスチェックを効果的に活用している事業所は、メンタルヘルス対策にも積極的に取り組んでいます。ストレスチェックを実施するには産業医との契約が必要ですが、多くの産業医は診療業務と並行して産業医活動を行っており、その専門分野も内科や外科など多岐にわたります。
メンタルヘルスに関しては、精神科や心療内科の専門医がより専門的な知見を持っていますが、産業医の中には対応が難しいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。

複数の産業医と契約できる事業所であれば、専門性を考慮した体制を整えることも可能ですが、多くの事業所では限られたリソースの中で対応する必要があります。
そのため、事業所がメンタルヘルス対策を強化する際には、産業医との連携を深め、必要に応じて専門家の協力を得ることも重要なポイントとなります。

そこで活躍するのが産業保健師です。 産業現場で働こうと考えている保健師は優秀な人材です。幅広い視点を持ち、コミュニケーション能力も高く、柔軟性にも優れていて、行動力もあります。 従業員目線で物事を捉えることができ、上手に産業医、人事労務担当者、職場と連携し、コーディネートすることができます。優秀な産業保健師を契約している事業所なら、メンタルヘルス対策にまい進することができるでしょう。従業員がメンタルヘルス不調に陥る前に、 健康への投資として、産業保健師を活用することを検討してみてはいかがでしょうか

<執筆>
阿部 春香(保健師、産業カウンセラー、第一種衛生管理者)

日本産業衛生学会、日本産業保健師会に所属する。2024年に日本産業衛生学会の産業保健看護専門家制度登録者として登録する。
広島大学大学院(博士課程前期)を修了後、健診施設に勤務する。現在、中小企業の保健師として勤務し、健康経営の推進を行っている。
働く全ての人に産業保健を届けたいという思いから、産業保健職として産業保健の社会的認知を広げるための活動も行っている。