人事担当者にとって、産業医や主治医との関係づくり・情報共有は“制度があっても運用が難しい”領域です。
とくに嘱託産業医は、契約上、現場に関与する機会が限定されやすく、現場の状況を把握するのが難しい場合もあります。
また、主治医と産業医は立場が異なるため、判断が正反対になるケースもあります。そのため、どの情報を信じて、どう対応すべきか、迷う場面も多いのではないでしょうか。
本記事では、
● 産業医・主治医の役割と違い
● 人事としてどこまで関与し、どう情報を整理・共有すべきか
● 保健師を「橋渡し役」として活用することの実務的メリット
を分かりやすく整理します。
限られたリソースで“機能する産業保健体制”をつくるヒントとして、ぜひご活用ください。
産業医の立場への知識不足が、“制度と現場のギャップ”を生みます。
事業場の規模(労働者数)や有害業務の有無によって、法令で定められている産業医の選任基準が異なり、専属でなければならない場合とそうでない場合があります。
産業医の契約形態には「専属」と「嘱託」があります。この違いを理解して、契約する会社側が必要な体制を整備しなければ、産業保健活動を適切に実施することが困難となります。
● 専属産業医:原則として事業場に常勤し、週3〜5日勤務するのが一般的。日々の健康相談や就業上の措置が必要な場合、タイムリーに対応することができる体制。また、常勤のため、人事担当者や従業員との関係構築もしやすい。
● 嘱託産業医:月1回程度の訪問契約が一般的だが、事業場側の要望に応じて柔軟に契約を結ぶことが可能。月に1回、数時間~半日程度の訪問が多いため、形式上の活動になりがち。訪問日時が限られているため、タイムリーな対応が難しかったり、連携に工夫が必要。
中堅規模の企業では嘱託契約が多く、関与できる時間が限られるため、タイムリーな対応が難しかったり、形式的な対応になりやすいなどの課題が多いのが実情です。
一方で、専属産業医が配置されている事業場でも、日常の健康相談や健康診断事後措置、休復職支援などにおいて、保健師が重要な役割を果たしています。
特に嘱託産業医のように訪問時間が限られる場合には、その補完役として保健師の存在意義がさらに高まるといえます。
嘱託産業医の体制において、次のような課題を抱えている企業は少なくありません。
● 訪問日以外は相談しづらく、緊急時に機能しない
→ 就業上の措置が必要な場合の判断や復職判断など、タイムリーな助言を得られにくい
● 面談時の準備や情報共有が不十分で、表面的な対応に終わる
→ 面談対象者の背景が把握されていないまま形式的な面談に…
● 人事が産業医との調整から記録管理まで担い、負荷が集中
→ 担当者のスキルや交代によって、対応に差がうまれやすい
このように、契約内容を工夫しないままでは、嘱託産業医が十分に機能しないこともあります。
実際には「訪問回数や日々の相談体制をどう設計するか」が重要であり、単に「月◯時間」という枠を設定するだけでは、緊急時や日常的な相談がしづらくなります。
契約内容の工夫によって柔軟に相談できる体制を整えることも可能であり、人事担当者にはその視点も求められます。
次章では、さらに対応が難しい「主治医」との連携について見ていきます。
治療中、または治療を要する従業員に対し、就業上の措置や配慮を実施する際には、産業医だけでなく、主治医の意見が必要不可欠です。しかし、「連携すれば解決」とは限りません。
まずは、産業医と主治医の役割と目的の違いを正しく理解することが必要です。
人事として復職や就業上の措置について判断する際、主治医と産業医の見解が食い違うことに戸惑った経験はありませんか?
それもそのはず。両者は似たような立場に見えて、根本的な“目的”が異なります。
● 主治医:本人の治療を第一に考え、家庭や私生活も含めた回復を優先。一方で、仕事上の情報は本人を介してしか入手出来ないため、本人というフィルターを介し、把握できる情報のほとんどが主観的情報となる。
● 産業医:健康面で、働くことが可能か、働くうえでどのような配慮が必要かについて意見を述べる。業務上の情報は本人のみならず上司や同僚を介して入手可能なため、職場での主観的・客観的状態が把握可能となる。
たとえば、主治医が病状が回復していることから「復職可能」と言っている一方で、産業医は「日常生活が可能なレベルにしか回復しておらず、リワーク等を活用して就業が復職可能なレベルまで回復してから職場復帰を認めるべき」と判断する――こうした“真逆の意見”も現場では珍しくありません。
主治医との情報連携が必要とわかっていても、人事が直接やり取りすることにはいくつかのハードルがあります。
● 守秘義務の壁:医師には守秘義務があり、本人の明確な同意なしに情報のやり取りはできません
● 同意があっても読み解きが難しい:診断書や医師の所見は医学用語や専門用語が中心で、医師の意図を汲み取ることが難しく、人事だけでは就業上の措置を検討するのが難しい
このような背景から、主治医との連携は「すれば良い」ものではなく、産業医との連携が効果的です。
しかし、先ほど述べた通り、嘱託産業医は関与できる時間が限られていることもあり、そこまで手が回らない、といったことも考えられます。
次章ではその調整役として、保健師が果たせる役割について解説します。
産業医や主治医と人事の間に立ち、連携を「機能」させます。
産業医や主治医と連携したくても、「時間がない」「医師と直接やり取りするには敷居が高い」「人事としての立場だけでは判断しづらい」「情報の取り扱い方法について悩む」――そんな場面で頼れる存在が保健師です。
ここでは、保健師が橋渡し役となることで得られる3つの実務的な効果をご紹介します。
嘱託産業医の訪問は月1〜数回、一回あたり数時間程度と限られており、「限られた時間で何をどう進めるか」が非常に重要です。 そこで保健師が事前準備を担うと、限られた時間で産業医の意見を述べることに集中できるようになります。
● 面談対象者の情報整理(背景・体調・職場状況など)
● 産業医への伝達や面談等の調整と記録のサポート
● 就業上の措置内容や対応についてを産業医のみならず職場関係者と共有
● 就業上の措置が必要な従業員に対するフォローの実施
こうした調整や、産業医業務のなかで保健師が担えることを実施することで、産業医しかできない業務、産業医が実施しなければならない業務に集中することが可能となります。
主治医とのやりとりを人事や上司が直接実施するのは、守秘義務や医療専門性の壁があり、難しい場面が多くあります。 このようなとき、保健師が橋渡しに入ることで連携が円滑に進みやすくなります。
● 情報のやりとりにおいて、同意取得の場に保健師が立ち会い、従業員本人へ丁寧に説明
● 「職場でどんな配慮ができるか」など、主治医側に伝える内容を整理して伝達
● 従業員本人に、主治医に伝えてほしいこと、や主治医から情報収集してほしいこと、などを日常の支援のなかでやりとりする
産業医の関与は月1回程度の短時間であるため、職場からの適切な情報提供がなければ、職場での状況や小さな不調への気づきは難しいのが現実です。 ここで保健師が継続的に関わることで、“日常支援の担い手”として機能します。
● 定期面談・職場での困りごとのヒアリング
● 職場で配慮や就業上の措置が適切に実施されているかの確認
● 不調サインを拾い、産業医・人事と早期共有
このように、「気づき」「支援」「調整」を実施することで、人事の負担も軽減され、従業員の健康を守り、職場が適切な配慮を実施することにつながります。
専属・嘱託いずれの契約形態であっても、実効性のある産業保健体制を構築することは可能です。
その鍵を握るのが、「日常的に動ける専門職=保健師」の存在です。特に嘱託産業医の体制では、保健師が産業医の関与を補完し、体制全体を機能させる役割を担います。
● 面談前の情報整理や背景把握
● 主治医や産業医と連携支援や同意取得
● 復職後のフォローやメンタルケア
こうした実務対応を日々支える人材がいるかどうかで、産業医の限られた時間をどう活かせるかが大きく変わります。
産業医の負担を軽減し、企業としての健康支援の質を高めるためにも、保健師の活用をぜひご検討ください。
嘱託産業医の“時間的制約”に悩まれている方、主治医連携や復職支援を強化したい方は、保健師紹介サービスの活用をご検討ください。
<監修>
大津 真弓 先生
2002年に産業医科大学卒業。
福岡徳洲会病院でスーパーローテート型の初期臨床研修を経て、総合内科のレジデントとして勤務後、 産業医実務研修センター(専門修練医)を経て、関西にある2カ所の工場(製造業)で専属産業を経験。自治医科大学病院での病院産業医任期中、双子の妊娠・出産を機に独立系産業医となる。
現在、埼玉県を中心に東京都、栃木県、茨城県の複数企業と契約し、産業保健サービスを展開中。
公衆衛生の専門医として2015年より埼玉県、2017年より東京都の公害審査会委員を務めた。
2017年には自治医科大学 大学院 医学研究科 博士課程を卒業。
・日本産業衛生学会 専門医・指導医
・社会医学系専門医協会 専門医・指導医
・本町在宅クリニック(埼玉県久喜市)院長
・一般社団法人 CSR(Cancer Survivors Recruiting)プロジェクト 理事
・アリスの会(産業医科大学医学部女性卒業生の会)会長
<参考>
● 産業医[安全衛生キーワード]|職場のあんぜんサイト
● 労働安全衛生規則|e-Gov 法令検索
● 事業場における労働者の健康情報等の
取扱規程を策定するための手引き|厚生労働省
● 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス|個人情報保護委員会
● 産業保健専門職の倫理綱領|公益社団法人日本産業衛生学会(JSOH)
● 事業場における治療と仕事の
両立支援のためのガイドライン(2024年3月版)|厚生労働省