職場におけるメンタルヘルス支援の重要性と産業保健師の役割 | さんぽJOB

職場におけるメンタルヘルス支援の重要性と産業保健師の役割

厚生労働省が発表した令和4年末時点のデータによると、保健師の就業場所別割合は「市町村」が51.2%を占め、大部分が行政に所属していました。会社等の「事業所」で就業する保健師は7.0%という報告でした。
つまり、殆どの勤労者が保健師という存在を知らずにリタイアを迎えます。健康経営という言葉が注目を浴びている中、保健師という職種に関心を寄せている企業は多く存在しますが、どういった役割をこなすのかが不明瞭と考えているところが殆どではないでしょうか。
今後、保健師の採用や契約を検討している事業所の人事労務担当者向けに、企業における保健師の役割について、メンタルヘルス対策を中心にご紹介させていただきます。

参考: 令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 | 厚生労働省

1.産業医と保健師の役割の違い

50人以上の労働者を使用する事業場ごとに1人以上の産業医を選任しなければならないと労働安全衛生法に定められています。産業医は医師であり、医療機関にも所属して、嘱託産業医として事業所と契約を結んでいるケースも多いです。契約している事業所が複数に及ぶことも少なくありません。

一方、事業所で就労する保健師(以下、産業保健師)については、法的に設置する定めはなく、企業努力により雇用や契約を行っています。産業保健師は、保健指導や健康相談、健康教育、疾病予防をすることが主な役割で、不調者の早期発見、フォローアップ、労働者や管理監督者の相談窓口の役割を担っています。不調が疑われる従業員について、産業医に相談し、産業医が適正な就業上の措置に関して助言できるように、情報提供を行います。いわば、職場におけるコーディネーターのような存在と言えます。

参考: メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔Ⅱ種 ラインケアコース〕 著者 大阪商工会議所

2.職場におけるメンタルヘルスケアの重要性

すでにご承知の通り、心の健康問題を有する労働者は増加しています。ストレス過多の状態が続くと、心身の健康が損なわれやすくなります。
平成25年労働安全衛生調査によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業または退職した労働者がいる事業所の割合は10.0%でした。500人以上の規模の事業所では8割を超えており、どの事業所もメンタルヘルス不調への対応に頭を抱えています。

メンタルヘルス不調は誤解を招きやすい疾患の一つです。骨折や怪我のように誰の目から見ても明らかに障害を負っている状態なら、「大丈夫か?」「無理をしないで」と接することができます。メンタルヘルス不調は一見分かりにくい状態のため、気力が足りない、気持ちが弱い人の問題だと思われがちです。
もちろん個人差はありますが、量的にも質的にも過重な労働が続き、満足に睡眠もとれない状態が続き、上司や同僚からの支援もなく、家族や友人からの理解も少ない状態になってしまうと、多くの人が健康的な状態でなくなるでしょう。

メンタルヘルス不調を発症すると、大半の例で作業効率が低下します。以前は半日でできていた仕事が1日かかっても終わらない、手慣れているはずの定型的な仕事を手こずってしまう、仕事の締め切りに間に合わないなどの変化が現れます。
また、メンタルヘルス不調の従業員が休職するようなことがあれば、職場における戦力ダウンは避けられません。例え1人であっても、休職者が抜けた穴を埋めることは容易ではありません。
メンタルヘルス不調者が在籍したまま休職に入ると、代替人員が補充されないケースが殆どでしょう。その場合、休職者の業務をほかの従業員に割り振り、役割分担を見直す必要があります。当然、他の従業員の負荷も高まります。
いつ職場復帰できるのか分からない、復帰しても以前と同じような業務を行うことができるのか、再発してまた休職に入ってしまうのではないか、残された従業員の中から新たなメンタルヘルス不調者が現れるおそれもある、先行きが見えない状況が続きます。このようにメンタルヘルスの悪化による労働力の損失は、決して少なくありません。

参考: メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔Ⅱ種 ラインケアコース〕 著者 大阪商工会議所

3.メンタルヘルス対策における保健師の役割

産業保健師は職場におけるコーディネーターとしての役割を持ち、メンタルヘルス対策では以下のような役割を担います。

①メンタルヘルス不調者の早期発見、フォローアップ、相談窓口
②産業医との連携
③人事労務管理スタッフ、管理監督者との連携
④メンタルヘルス対策の企画・教育
⑤ストレスチェック制度の実施者など

①~③の項目について具体的に説明すると、メンタルヘルス不調が疑われる場合や病態が悪化している場合、まず不調者と面談を行います。
メンタルヘルス不調者の勤務情報をまとめ、主治医に意見を伺います。
未治療の場合、医療機関を紹介することや受診に同行するケースもあります。
主治医からの意見をもとに、産業医に相談し、就業上の措置について意見を仰ぎます
その内容を人事労務担当者や職場に申し送りするという流れになります。

保健師は看護師免許も取得しており、医療の分野にも精通しています。 保健師と名乗ることで多くの医療機関からの信頼を得ます。 メンタルヘルス不調に限らず、多くの人は医師を前にすると緊張し、聞きたいことを十分に聞けないまま診察が終わってしまいます。

産業保健師が介入することで、従業員を中心に、主治医、産業医、職場へスムーズに情報を共有することができます。 この役割について、産業保健師が在籍していない事業所では、衛生管理者の資格を取得している人事や労務担当者が担っているでしょう。産業保健師ほどきめ細やかなサポートを行うことはなかなか困難かと思われます。

参考: メンタルヘルス 不調をかかえた労働者に対する治療と就労の両立支援マニュアル | 厚生労働省

4.産業保健師との契約はコスト?投資?

将来の健康な生活のために、早い段階から自分の健康に投資する考え方があります。従業員がメンタルヘルス不調になったときの損失、これらについては産業保健師の契約で解消できる可能性があります。
産業現場で働こうと考えている保健師は優秀な人材です。コミュニケーション能力も高く、柔軟性にも優れていて、行動力もあります。
産業保健師の役割は、事業所の課題によって様々ですが、産業保健師を配置している多くの事業所では産業医や人事労務担当者にとって重要なパートナーとなっています。

メンタルヘルス不調は誰でも陥る可能性があり、 企業全体が健康を損なう前に投資をしてみてはいかがでしょうか。

<執筆>
阿部 春香(保健師、産業カウンセラー、第一種衛生管理者)

日本産業衛生学会、日本産業保健師会に所属する。2024年に日本産業衛生学会の産業保健看護専門家制度登録者として登録する。
広島大学大学院(博士課程前期)を修了後、健診施設に勤務する。現在、中小企業の保健師として勤務し、健康経営の推進を行っている。
働く全ての人に産業保健を届けたいという思いから、産業保健職として産業保健の社会的認知を広げるための活動も行っている。