産業医・保健師・衛生管理者の役割はどう分担する?中堅企業での連携体制づくりのポイント | さんぽJOB

産業医・保健師・衛生管理者の役割はどう分担する?
中堅企業での連携体制づくりのポイント

はじめに|産業保健の「役割分担と連携体制」、中堅企業こそ見直すべき理由

産業医や保健師、衛生管理者を配置してはいるものの、「実際には十分に機能していない」「制度だけ整っていて、実務は属人的に流れている」といった声は少なくありません。特に従業員数100~500名規模の中堅企業では、制度と実務の間にギャップが生まれやすく、「産業保健体制を作っただけ」「産業保健職の役割分担があいまいなまま」になってしまうケースが目立ちます。
一方で、社員のメンタルヘルス不調や復職支援、ストレスチェック後の対応など、人事の対応が難しい場面も年々増えており、産業医・保健師・衛生管理者の連携体制が機能するかどうかが、組織全体の健康管理の質に直結します。
本記事では、そうした中堅企業の人事担当者に向けて、保健職の役割分担の基本と、連携を機能させるための実践的な工夫をわかりやすく解説します。「誰が何をやるのか」「どうやって連携すれば形骸化せずに続けられるのか」に悩む方は、ぜひ参考にしてください。

1.産業保健スタッフの基本的な役割とは?

産業医・保健師・衛生管理者の役割

産業保健体制を強化しようと考えたとき、まず押さえておきたいのが「誰が何を担うべきか」という役割の明確化です。産業医・保健師・衛生管理者はそれぞれに法的な位置づけや得意分野が異なり、適切に役割分担することで、メンタルヘルス対策や健康リスクの未然防止がぐっと効果的になります。
ここでは、各職種の役割を簡潔に整理しておきましょう。


産業医の役割|「法的義務」を果たす中心的な存在

産業医は、労働安全衛生法により一定規模以上の事業場で選任が義務付けられている、いわば産業保健体制の要です。
主な業務には以下が含まれます。

● 高ストレス者や長時間労働者への面接・指導(必要に応じて職場へのフィードバック)
● 原則として毎月1回以上の職場巡視(※1)
● 健康診断結果の確認・就業判定・保健指導要否判定
ストレスチェック後の集団分析の評価と職場改善活動への指導・参画
● 衛生委員会への参加

(※1)職場巡視:原則は毎月1回以上ですが、事業者から所定の情報が毎月提供され、かつ事業者の同意がある場合は、2か月に1回以上に頻度を減らすことが可能です(改正労働安全衛生規則第15条)
特に嘱託産業医(非常勤)を選任している中堅企業では、週1回や月数回の訪問にとどまることも多く、限られた時間でどう業務を回すかが課題になります。
そのため、産業医だけですべてを担うのではなく、保健師や衛生管理者との分担・連携が不可欠となります。


保健師の役割|健康課題への身近な相談者及び日常的なフォローの担い手

保健師は法的な選任義務はないものの、産業医が不在の時間や、細やかなフォローが必要な場面において重要な役割を果たす専門職です。

● 日常的な健康相談(体調不良、生活習慣改善の相談など)
● メンタルヘルス不調者の第一相談者・職場の上司・同僚からの相談対応
● 産業医との連携による復職支援面談等各種医師面接サポート
● 健診結果に基づく保健指導の実施者
● 高ストレス者対応の“初期対応窓口”のような役割

また、産業医が常駐していない企業にとっては、「現場にいる専門職」として社員と産業医をつなぐブリッジ役としても機能します。定期訪問型の契約でも、有事の際にすぐ連絡できる体制を整えておくと安心です。

補足:保健師と衛生管理者の兼任について 保健師は申請により第一種衛生管理者免許を取得できます。企業の人員体制や組織規模によっては、衛生管理者の役割を兼任せざるを得ないケースもあります。ただし、両者の業務は専門性が異なり、保健師の専門性を活かした活動を充実させる観点から、可能であれば役割を分離するか、兼任の場合は業務負荷を考慮し、対応範囲を明確にすることが重要です。


衛生管理者の役割|現場に最も近い「実務の担い手」

衛生管理者は、常時50人以上の労働者がいる事業場で選任が義務付けられている国家資格者で、社内の安全衛生実務を担う存在です。しかしながら中堅企業では、人事や総務と兼務しているケースも多いのが現状です。
具体的には以下のような役割を担います。

● 週1回以上の職場巡視の実施・記録
● 衛生委員会の準備、議事録作成、内容の社内周知
● 産業医との連絡調整(保健師が担当する事も)
● 現場でのヒヤリ・ハットの収集と現場が考えた改善提案のまとめ

現場との距離が近く、社員の声を直接聞ける立場だからこそ、保健師や産業医からは得られない“タイムリーな職場情報”を把握し、産業保健体制全体の運用に深く関与できるポジションでもあります。
続くパートでは、これらの職種がうまく機能しない原因や、よくある“連携の壁”について掘り下げていきます。 「それぞれの役割は理解した。でも連携が難しいんだよね…」という方は、次のセクションもぜひご覧ください。


2.なぜ連携がうまくいかないのか?よくある課題とは

産業医や保健師、衛生管理者の役割をそれぞれ理解していても、「連携体制」となると途端に機能しなくなる──そんな企業は少なくありません。実際に、当社にお問い合わせいただく中堅企業の多くでも、制度はあるのに実態が伴わない“形だけの産業保健体制”に陥っているケースが見受けられます。
ここでは、中堅企業で特に起こりやすい4つの連携不全の要因をご紹介します。

中小企業で起こりやすい連携不全の要因四象限の図

「誰が何をやるか」があいまいなまま、業務が属人的に流れる

産業保健の現場では、「これは誰の担当?」「それって保健師にお願いしていいの?」といった役割の境界線が不明確なまま進んでいることが多々あります。その結果、対応が得意な人・時間がある人に業務が集中し、属人化してしまうのです。
例えば、ある企業では「高ストレス者への連絡」を保健師が行っていた一方で、別の事業所では産業医が対応していた、というように拠点間で対応方針がバラバラということもあります。


面談・情報共有・フォローアップが分断されやすい

「ストレスチェック後に面談は実施したが、その後どうなったかは分からない」
「健診結果をもとに保健指導を依頼したいが、うまく依頼できていない」
こうした課題は、産業保健スタッフ間の情報連携がうまく設計されていないことに起因します。面談、健診、フォローアップといった一連の対応が、“点”ではなく“線”としてつながっていないのです。特に紙ベースの管理や担当者の異動がある企業では、対応履歴や経緯が見えづらく、属人的・非効率な運用になってしまう傾向があります。


会う機会が少なく、顔の見える関係性が築けていない

嘱託産業医や非常勤の保健師を活用している企業では、物理的な接点の少なさが連携の妨げになることもあります。産業医が月1回しか来ない、保健師とはメールのみでやり取り…となると、「相談しやすい」「ちょっと話してみよう」という空気感が育ちにくいのが現実です。結果として、本来相談すべきタイミングで動けず、対応が後手に回ってしまうという事態も起きやすくなります。
例えば、面談や衛生委員会の前後など、情報共有の時間とは別に短時間でも雑談や意見交換の時間を設ける工夫をしてみましょう。衛生管理者や人事担当者は、産業医や保健師が孤立しないよう、社内での接点を持つための環境づくりを心掛けることが重要です。


管理職が「専門家として活用する視点」を持てていない

実は、産業保健職との連携を阻むボトルネックのひとつが、管理職層の理解不足です。
「産業医って健康診断の結果にサインするだけの人でしょ?」
「保健師が何をしてくれるのか、正直よくわからない」
こうした認識のままでは、現場のマネジメント層が産業保健職を“相談相手”や“課題解決のパートナー”として活用する発想が生まれません。中堅企業においては、人事部門だけでなく、管理職も巻き込んだ啓発活動が連携強化のカギとなります。

次章では、これらの課題をふまえて、役割を明確にしつつスムーズに連携するための実践的な工夫や、体制づくりのポイントを解説します。


3.役割を整理し、連携を機能させる5つの実践ポイント

ここまでで、産業医・保健師・衛生管理者の役割と、産業保健スタッフ同士の連携がうまくいかない背景を見てきました。では、中堅企業の現場で無理なく実現できる「連携を機能させる仕組み」とは、どのようなものでしょうか?ここでは、実際に導入しやすく効果が出やすい5つの実践ポイントをご紹介します。

連携を機能させる5つのポイントチェックリスト

① 面談・相談の「導線」を明文化する

――誰がいつ、どこで登場するのかをルール化
メンタル不調が疑われる社員が出た際、「最初に誰が対応し、次に誰に引き継ぐのか」が曖昧なままだと、対応が属人化しやすくなります。
たとえば以下のような対応パターンをルール化しておくと、実務がスムーズになります。

● 一次対応:直属の上司や人事が最初に状況をヒアリング
● 二次対応:必要に応じて産業保健スタッフ(産業保健師・EAP相談窓口など)がフォロー

こうした「面談・相談の流れの明文化」は、産業医との契約が嘱託型で訪問頻度が少ない企業ほど重要です。


② 各職種の役割を明文化し、社内に周知する

――「誰が何をやっているのか」が社内で可視化されているか?
「産業医って健康診断のサインをする人でしょ?」「保健師って何をしてるの?」
このような社内の認識ギャップは、連携の妨げになります。そこでおすすめなのが、イントラネットや衛生委員会で「産業保健職の役割」について定期的に発信・説明すること
たとえば以下のような内容をまとめて掲示すると効果的です。

● 産業医:面談・巡視・ストレスチェック評価など法定業務
● 保健師:日常的な健康相談、保健指導、復職支援などの実務 月当たりの活動の見える化
● 衛生管理者:現場との橋渡し、各種健康診断の企画・実施、衛生委員会運営、巡視記録作成、従業員に周知するための工夫の検討など

特に管理職研修の中にこの内容を組み込むと、職場全体での理解と活用が進みます


③ 人事・産業医・保健師での「定例ミーティング」を設ける

――月1回15分でもOK。顔を合わせて話す時間をつくる
産業保健スタッフ同士の関係づくりには、「定期的に話す時間」が最も効果的です。
たとえ短時間でも、月1回の情報共有ミーティングを設けることで、次のような変化が期待できます。

● 産業医の意見をもとに、対応方針をその場で共有
● 保健師から健康相談で得られた現場の声や兆候を報告
● 人事が制度面の調整を検討できる

オンラインでの実施も可能なので、遠方からの産業医参画にも対応できます。“つながりを持っている安心感”が、連携の質を高めます。


④ 業務フローに「報告・記録・振り返り」を組み込む

――属人化を防ぎ、次に活かす“仕組み”へ
せっかく面談や相談を実施しても、記録に残っていなければ対応の振り返りや再現性が持てません
以下のような観点で、記録・共有の仕組み化を検討しましょう。

● 高ストレス者対応の記録(面談日、対応内容、次の予定)
● 保健指導の実施履歴
● 産業医からの意見聴取内容とその後の対応

これにより、担当者が休職・退職しても情報が引き継がれ、“誰がやっても回る体制”になります。


⑤ 成果指標(KPI)をゆるく設定し、評価する

――活動の可視化が、経営への説得材料になる
産業保健活動は、どうしても「目に見える成果」が出にくい領域です。
しかし、小さなKPIを設定して運用状況を可視化することで、活動の意義を社内に伝えやすくなります。
たとえば、

● 有所見者への保健指導フォロー率(例:70%以上)
● ストレスチェック後の面談実施率
● 産業保健スタッフ間の定例ミーティング実施率

定量的な目標でなくても、「活動記録を月1回振り返る」だけでも構いません。経営層に対して“やっていること”を説明する材料としても役立ちます。このように、特別なシステムや予算がなくても、「役割の見える化」と「対話の場の設計」によって、産業保健の連携は大きく前進します。


4.まとめ|形だけで終わらせず、連携体制を“機能させる”には

産業保健職の連携体制を構築するうえで、最も重要なのは「配置して終わり」にしないことです。 産業医や保健師、衛生管理者がそろっていても、“実際に機能していない”組織は少なくありません。 大切なのは、「役割」と「連携」を仕組みとして根付かせる視点です。


連携は「配置」ではなく「仕組み化」

産業保健職を配置するだけでは、実際の相談対応やフォローアップ、管理職との連携がバラバラになりがちです。
そのためには、

● 役割分担を明文化する
● 面談や相談の流れをルール化する
● 定例的に情報を共有する場を設ける

といった基本的な「仕組みづくり」が欠かせません。
はじめから完璧を目指す必要はなく、小さく始めて、継続的に見直していくことが成功のポイントです。PDCAを回して行くという視点が重要なのです。


社内だけで抱えず、外部専門職の力を借りるという選択肢も

日々の業務に追われながら、自社だけで産業保健体制を整えるのは、現実的に難しい場合もあります。
特に以下のような課題を感じている企業では、外部の専門職を「チームの一員」として活用する発想が有効です。

● メンタル不調者への対応が属人的で不安
● 復職支援の流れが決まっておらず、人事がすべて対応している
● 産業医の稼働日が少なく、フォローしきれない場面がある

そうした企業で近年注目されているのが、保健師の活用です。保健師は、社員に最も近い立場で継続的に関わる「産業保健の実務担当者」として、日常的な健康相談や復職支援を担うことができます。




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<監修>
大津 真弓 先生
2002年に産業医科大学卒業。
福岡徳洲会病院でスーパーローテート型の初期臨床研修を経て、総合内科のレジデントとして勤務後、 産業医実務研修センター(専門修練医)を経て、関西にある2カ所の工場(製造業)で専属産業を経験。自治医科大学病院での病院産業医任期中、双子の妊娠・出産を機に独立系産業医となる。
現在、埼玉県を中心に東京都、栃木県、茨城県の複数企業と契約し、産業保健サービスを展開中。
公衆衛生の専門医として2015年より埼玉県、2017年より東京都の公害審査会委員を務めた。
2017年には自治医科大学 大学院 医学研究科 博士課程を卒業。
・日本産業衛生学会 専門医・指導医
・社会医学系専門医協会 専門医・指導医
・本町在宅クリニック(埼玉県久喜市) 院長
・一般社団法人 CSR(Cancer Survivors Recruiting)プロジェクト 理事
・アリスの会(産業医科大学医学部女性卒業生の会)会長


<参考>
産業医[安全衛生キーワード]|職場のあんぜんサイト
衛生管理者[安全衛生キーワード]|職場のあんぜんサイト
労働安全衛生法の改正について|厚生労働省
産業保健とは|JOHAS(労働者健康安全機構)